ちゅんだーは地上へ落下中、そして考える。

医学部受験に6年費やしても不合格した人。腐らず、マイペースに生き抜くのみ

東京医大の不正な点数調整で思い出す最大のトラウマ

東京医科大学での女子受験者や3浪以上の受験者に対する不正な点数調整が問題になっている。

このニュースを聞いて、怒りが抑えきれない人も多くいるだろう。

特にこの大学を受験をしたことのある人や、その関係者の怒りはさらに激しいと思う。

 

しかし僕の場合、このニュースを聞いて心に生じたのは「怒り」ではない。

「点数調整なんて、普通にやってるよな」というどこか醒めた感情だった。

 

なぜなら僕も、過去の医学部受験で、この点数調整での不合格と同じぐらい理不尽と思える経験をしているからだ。

 

だが経験した理不尽というのは、東京医科大学のような「不正」な手段による不合格ではない。

それどころか、文句の言いようがない「正当」な手段による不合格だ。

 

しかし、僕はその「正当」な手段によって、浪人生活で最大のトラウマを植え付けられることになる。

 

 

その「正当」な手段とは何か。

 

 

それは「面接」だ。

 

 

面接点

 医学部を受験した人ならわかると思うが、全ての国公立大学の医学部受験には面接が設けられている。

 

大学によって面接の合格に与える影響は異なり、例えば筆記試験と同じように面接自体に点数を課す大学もあれば、医者を目指すうえで最低限の人格を有しているかを確認するだけの大学もある。

 

当時、僕が志望していた大学の面接には点数が存在した。

しかしその面接点は、センター試験と二次試験で十分に点数を取り切れば、影響がないほどの点数だったため、そこまで注意を払ってはいなかった。

しかし、突然思ってもみなかったことが起こる。

 

 

 それはその大学が、ある年度から面接点に200点を課すようになったことだ。

 

 

何故このように面接点の比率を上げたのか、僕には詳しい理由は分からない。

 

しかしこの「200点」はどう考えても、僕のような多浪の受験者に対するハンデのように思えてならなかった。

 

つまり大学側が面接点を利用して、現役生やまだ1年2年目の浪人生に大きな点数を、逆に僕のような多浪の受験者に低い点数をつけることで、多くの若い受験者を合格させようとする企みなのではないかということだ。

 

この面接点の変更を受けて、当時の僕は志望大学の変更を考える必要に迫られた。

現役のころからの夢だった大学だ。ずっとその大学に合格するために勉強してきたのだ。どうしてもその大学を受験したい。

しかし、この200点という面接点は受験をためらうには十分な点数だ。

でも、もしかしたら、勉強ができるだけの、あきらかに医師として不適格な人を落とすためだけの点数という考えかもしれない。

 

「どうしよう。どうしよう。どうしよう・・・」

 

この時は本気で悩んだ。

とにかく大学側の意図がわからなかった。一体何故こんなことをしたのか。

僕にも他の浪人生にも、そして塾の講師にもその意図がわからなかった。

 

そしてついに、不安と希望で揺れる中、僕は決断した。

 

第一志望だった、この大学を受験すると。

 

 

そして面接へ

受験することを決断したからには、面接対策を十分にやる必要がある。

そのため地頭の良くない頭を必死で使いながら、僕は早い段階から、面接に向けてできるかぎりの努力をした。

その努力のおかげか、その年の冬になるころには、自分の中で面接に対してちょっとした自信すら身についているほどだった。

 

そしてセンター試験、二次試験とまずまずの手ごたえで終えた僕は、問題の面接へと挑むことになる。

 

面接室に入った僕を待っていたのは2人の面接官だった。

 

面接点が200点もあるからには、厳しい面接が待っていると予想していたのだが、意外にも面接は穏やかな雰囲気で進み、特に何の問題もなく終わった。

 

「何故医学部に入りたいのか」「何故この大学を受験したのか」

 

面接においてスタンダードな質問を問われ、それにしっかり答えることができ、またそれ以外の雑談も穏やかにできので、内心とても拍子抜けだった。

 

「これは多分大丈夫だな」

そう思った僕は、面接が終わった後は、それ以上面接については考えることもなくなり、今度は後期試験の勉強へと集中することになる。

 

そして後期試験の対策をしながら過ぎていく日々。ついに前期試験の結果発表の日がやってきた。

 

祈るような気持ちで前期試験の結果を確認する。。

 

しかし、僕を待っていたのは、「不合格」の3文字だった。

 

 成績開示

「まだ、努力がたりないのか・・・」

これで何度目かの不合格。

数年間も努力して、努力して、努力しても届かない「医学部合格」

 

先の見えない、泥沼にはまり込んだような状況に、僕は心の底からみじめな気分だった。

しかし、それでも医学部を諦めきれない僕は、また次の年も再度受験に挑戦することを決意する。

次こそは絶対に医学部に合格するという覚悟を抱きながら。

 

だが、そんな覚悟を打ち砕くほどの事実を僕は知ることになる。

 

 

それはある雨の日のことだった。

その日は受験した大学の入学試験個人成績開示が始まる日。

 

「自分が二次試験でどのぐらい点数を取ったのか早く確認してみたい」

 

不合格ではあるけれでも、早く確認してみたいという気持ちで、僕は不安と緊張を感じながら、大学の入試課窓口へと向かった。

そして手渡される、個人成績が入った封筒。

急いで入試課を離れ、近くの建物の玄関で雨を避けながら、僕はその場で封筒を開いた。

 しかしそこには僕の予想を超える事実が書かれていた。

 

最大のトラウマ

成績開示の紙に書かれていたいのは、合格最低点を大きく下回る僕の合計得点だった。

 

意味がわからなかった。何故ならセンター試験でも二次試験でも手応えはあったのだ。こんなに低い点数をとるはずがなかった。

混乱しながら、合計得点の内容を確認する。

すると、ある一つの項目が目に入った。それは面接点。

そこにはこう書かれていた。

 

 

 

 

面接点  30.0/200.0

 

 

 

 

「・・・何これ?」

最初はその数字が理解できなかった。その点数の意味がわからなかった。

しかし、少しずつ理解できるようになってくる。

 

つまり僕は面接点で200点中、たったの30点しか取れなかったという事実を。

 

その事実を理解した時、僕の心はポキッと折れた。

何故なら面接点が30/200ということは、これ以上にない明らかな形で、大学が僕の医学部合格を拒絶したのと同じことだからだ。

そして今まで僕が必死にやってきた努力、そして合格への思いが否定されたからだ。

 

その後

後に知ったのだが、その年に受験をした現役生や1浪2浪の受験者の面接点は高く、そのうちの結構な人数が満点の200点を取っていたらしい。

そして僕と同じ多浪生は、軒並み面接点が低いことも判明した。

 

この経験から、あまり信じたくないが、あることを思うようになった。

 

それは「面接を利用して多浪を不合格にしているのではないか」ということだ。

 

しかし実際、どのような意図でこんな面接点をつけられたのかわからない。

 

僕が多浪だったからかもしれないし、単純に医学部に入るには不適格と判断されたからかもしれない。

 

ただ今でもこの経験は、僕にとってのトラウマとしていまだに残っている。

 

 

東京医大の事件について

僕の経験したこととは違い、今回の東京医大の件は完全な不正行為だ。

行為に至った背景には様々な理由があったのだろうと思うが、どんな理由があっても不正に点数を調整することは許されることではない。

 

この点数調整により理不尽にも不合格になった受験者の痛みは、かつて僕が受けた痛みに似ている。

 

とても理不尽で、悔しくてたまらないが、不合格という事実を白紙に戻すことはできない。

 

だから僕はただ祈るだけだ。

この事件で人生を狂わされた彼女たちや彼らが、理不尽を乗り越えて、また自分の人生をしっかり生きれるようにと。